クーラーのない【古民家】に住んでみて、日本語の深さを知る。

思い

今私達は古民家を借りて住ませて頂いている。
ありがたい事に前住人さんがすでに、手を加え住んでいたため
すぐに住める状態になっているお家である。

古民家はクーラーがない。
この夏はクーラー無しでの生活でした。

驚いた。

いけるのだ

無くて本当にいけるのだ。

たしかに”猛暑”と呼ばれる様な日は暑くないわけがない。

だけど、土間があり、土壁で屋根が高く作ってあるこの昔ながらの家は
本当に良く出来ていると住みながらびっくりしてしまう。

玄関に入ると、どんなに暑くても
外と比べるとヒヤッとしている。

一番暑い数日を超えてしまえば、気づけば秋へ向かっている。

暑い夏の日に入ってくる風の有難さもよくわかる。

すこしの気温の変化にも敏感になる。

夜は網戸のみで、開け放って寝るのだが、
朝起きると目の前は畑と木と奥に広がる森が目に入ってくる。

目を開くと、毎日景色が違う。

カラッと晴れの日もあれば、水墨画のように霧で一面覆われている日もある。

そして、
音が直で感じられる。

虫や鳥の声はもちろん。

風の仕業か
よく玄関のドアをトントンっ~~!と叩くような音がきこえる。

それは毎回リズムが違う。

かと思えば、
どこからともなく、聞いたこともないような鳴き声が聞こえたりもする。

くぅ~~~~!と鳴くから、こちらもくぅ~~~と返してみる。

何かの動物なのだろうか。

もしや、それは両方、目に見えない何かかもしれない。

そう、目に見えない何か
そういったものがとても身近に感じる生活を里山はしていたんだなと思うのだ。

こういう所にいると、人間が中心ではないと必然的に感じるというか
周りが主語なんだなと感じる。

以前、ラジオで日本語の話をしていた。
日本語は主語がなくても話が通じる、文章が作れるというのが特徴らしい。

私の生まれ故郷は東京・中野区。
以前生まれ故郷の歴史を知りたくて、調べたことがある。
今はすっかり都会の一角の様ではあるが今でも古い商店街が残り、裏路地の多いエリアである。

ここも昔は一体が農村地帯だったとのこと。

口承文芸調査という冊子があり、
昔話、伝説、世間話などを
中野生まれの明治25年生まれの方を最年長に、明治・大正生まれの方々にインタビューをして
まとめた本を入手した。

そこには、そんな当時の方々の語り口のまま昔話が様々のっているのだが
見えないもの、不確定なもの、おとぎ話のような事。
そんな事を実体験としてよく経験したという話がわんさか乗っている。

特に、狐に化かされたという経験や、人玉をみた。などなど
話を読んでいると、狐に化かされて
同じ所をぐるぐるまわって帰れなくなっちゃた人や
どこか遠くへ連れてかれたなどなど・・・
もしかしたらそれって、
おそらく今だと ’はい、それは認知症ですね’で
終わってしまうような事なのかもしれない。
頭がおかしい人で終わってしまうような事かもしれない。

でも、この本に載っている話には、周りもそんな風には捉えておらず
そうか~~でたか~~。まぁ~~た狐にだまされたんだね~と
なんとも当たり前に
日常的な感覚でそういった不思議体験を捉えているのだ。

だが、時代が進むにつれ、どの方も最近は人玉も見なくなったなぁと言う。

この本を読んでいると、そういった目に見えぬものが、日々の生活に
どんな人の生活にも根ざしており
なんだかとってもおちゃめで可愛くて、おもしろい。
そんな印象をうけた。

昔は、テレビもないからこうやって色んなお話をするのが唯一の娯楽で
囲炉裏を囲みながら、もしくは家事をしながら様々な世間話や昔話を
親が子へ話したり
友達同士で面白い話しろよ~なんて言いながら時間を過ごしたそうだ。

んで、何が私は言いたかったのだっけ???笑

そう!日本語とは主語が人間ではないのだ。
それがDNA的に備わっていると思うのだ。

例えば”富士山が見える”という言葉。
これは別に私という主語は入っていないし、むしろ富士山がメインの様な感じがする。

だが、これを英語で言おうとすると’I can see Mt.Fuji.’
私が富士山を見ていると説明することになり、”私”がやっている事が主語になる。

この微妙なニュアンスの違い。

有難うもその一つ。

英語で有難うはThank you.
必ずyouが入る。
あなたにありがとう。だ

それに比べ日本語は有難う。 
誰に宛てての言葉なんてどこにもはいっていない。

その現状自体の事を説明しているだけ、
”中々ないことだ。”といっているだけ

おはようございますも同じ。

英語はgood morning.
これは実は略されている形で、実は I wish you have a good morningが正式だったらしく
あなたに良い朝が来ますように!という意味。

これもやはりあなたという’人’がメイン。

それに比べ日本語は
おはようございます。
’早いですね’というだけ。

状況をいってそれが挨拶になるという、とっても面白い言語なのだ。

何が言いたいかというと
日本語は本来、人間メインで物事を捉えるというよりも
自然や、環境、状況 そういった事が常に主語として使われてきている文化であり
今もその日本語を使っている私達には、どこか恐らくDNAレベルで持っている自然との関わり方を覚えていると思うのだ。

はい、この日本語の下りは私の好きなラジオ、
武田鉄矢の三枚おろしから知った話ですが笑

ほぉ~~~確かに、主語ないわ!と思ったの。
それってとても凄い&面白いなと。

言葉って暮らしと共に発展していると思う。
だからやっぱり、暮らしていく中で、何を主においてきたか。

まだまだ、私も昔の方々の様な身体に染み込んだ感性に到達できていないし
生活も文明ありがとう・・・!という事も多く
お世話になっておりますが

こういう場に身をおいてみて、何か少しでも身体で感じる瞬間が
時々たまに芽生えるから
書き留めておこうと思った次第でございます笑

今日も長い文章お付き合いありがとうございます!

ご近所の米農家さん達は稲刈りもドンドンと進められて
少し涼しくなり始めた最近は畑作業をする姿も更に、増えたように感じます♪

人間が出来ることのひとつに・・・種を蒔くっていう行動があります。
そんな役割を人間に担わせてくれているって本当に有難い事だなと思います。

いや、鳥だって、種をまいてる。
虫も蒔いている。
植物自体だって既に、自分で蒔いている。
じゃぁ人間だって出来るよなぁ。
だって皆、種の恩恵を受けて生きているんだからなぁ。

よし!なんかとりあえず蒔こっ!

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