おはようって面白いですよ
以前も、日本の独特な”挨拶”について書いた事があるのですが
日本の挨拶は、まぁ独特でして。
おはようって何気なく使っているけど
あれってただお互いに”早いですね~”っていってるだけなんだよね。
昨日東海林さだおさんのエッセイを何気なく開いたら
全く同じことが書いてあってびっくり。
彼もなぜ”おはよう”というのが朝の挨拶なのかについて考えを巡らせていたよう。
おはようはただ、”早いですね”とお互いに報告しあっているだけという
他の国の挨拶にはなかなか無い挨拶の方法らしい。
英語で見てみると、
good morningという様に相手に対して良い朝ですね♪なるといいですね!
という様な”人”の存在を感じるが
日本のおはようは、ただ状況をいうだけ。
人が中心ではなく、状況とか物事がメイン。成り様?がメインというか。
そして、今回新たに私の中に沸いた疑問
”こんにちわ” ”こんばんわ” ”さようなら”は何なんだろうか・・・。
”こんにちわ” ”こんばんわ” ”さようなら”
こんにちわ=今日は
こんばんわ=今晩は
さようならば=そうであるならば
という様に、なんとすべて接続詞なのだ・・・・。
だから
その後に来る言葉は如何様にでも変わるわけで
んで??その後?何なん?ってなる。
そんなに”あいまい”な感じで終わらせるなんて
めっちゃすっきりしないし、気持ち悪いはず。
だけど
日本語ってその”あいまいさ”への許容度が半端ない。
そして、今回知った”さようなら”
これは”左様ならば”から来ているらしいのですが
”今までのことがこうであったから、そうであるならば、この先はこうしましょう”
という意味の”そうであるならば”の部分が使われている。
私達は前の事柄を受け、次に新しい行動を起こす際に使うこの接続詞を
お別れの言葉として使っているらしいのです。
調べてみると
日本人は、
“いったん立ち止まって、今までのことを確認し、次のことへ進むための節目とする”
それをお別れとしてとらえている使われたのではないかと書いてありました。
この先は私の単なる見解ですが
接続詞で終わらす私達の挨拶。
それでも、言葉を全て言い切らなくても、
その先の言葉をお互いなんとなく分かち合えている気もする。
言葉で、形で、全てを言い切らなくてもオッケーにできる力
それはある意味動物的感覚みたいのがあるというか
ある意味思いを馳せられる力というか
感じる力が残っているというか
どう言葉を受け取るか
余りにも無意識に使っているから気付かないけど
すごい面白い会話を日々私達ってしているんだなぁ~と
改めて日本語面白いなと
言葉って面白いですよね!
”だからよ”っていう島の万能な言葉
たぶん地域や国によって
あいまいなニュアンスなのに、それでお互い意味が通じ合ってるって言葉色々あるように思うのですが
石垣島にいた時によく聞く言葉で面白いのを一つご紹介します。
あちらにいた時には”だからよ”って言葉をよく聞きました。
万能な言葉で
私が身近で聞いたこの”だからよ”の使い方。
仕事場に男性職員が遅刻をしてきました。
遅れてやってきた彼に
先輩:”おい~~~、お前が遅れてたから○○やるのに大変だったば~”
後輩:”だからよ~”
会話終了。問題解決。(笑)
私の心の声:えっ!!!何?どゆこと?謝んないの!だからよ~の一言で誰のせいでもなくなった!
ちょっと説明がむずいんですが、”だからよ”はね
万能なんす。
”天気悪いね~”
”だからよ~”
”今日は、熱すぎるば~”
”だからよ~”
その状況について、ねぇ~本当だよね。っていって終わりみたいな(笑)
悪いわけでも、良いわけでもなく
そういうもんですね。以上。みたいな(笑)
その感じが私は結構好きで、心地よかったのです。が
きっちり、しっかりしたい人にとっては
むしゃくしゃしちゃうかもしれないですね、
まぁ遅刻はね、あんましない方がいいとは思いますが(笑)
あいまい
すいません、今日もどうでも良い話をぶっこみましたが
私が言いたいのは
”あいまい”でも良いって事で~す!
”あいまい”を許容できるのも文化って事で~す!
”黒””白”の世界でなくて
色んな曖昧が混ざり合って、自然界ってそれが上手いバランスになってると思うわけです。
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