愛しかしらなければ、もうそれしか伝えるしかないわけで

思い

前の記事からの続き・・・・・

そんな事を思いながら、次の予定に向かうべく道を歩いていると
ポレポレ東中野という映画館の前を通った。

なにか良い映画あるなぁ~と思うと、ここでやっている事が多いので
なんだか名前は知っていたが、実物?を観た事がなかったので

おぉ!ここなんだ!と
思わず入口にいたスタッフに声をかけてしまった。
(だから歩くって良い!とめっちゃ思う)

”おぉ~ここなんですね~”と(笑)

あちらからしたら、何がだよって感じだったと思うが。

聞けばこの日は、イベントとして上のカフェが使われているとのこと。

福祉にかんして、福祉の現場にて活動する若者たちの形のないモヤモヤを文字に書き起こし、本にしたものの出版イベントとのこと。


2冊思わず購入し、

更に小屋の学び舎のパンフレットをここ置かせてもらえないかなぁとふと思い、
カフェスタッフに声をかけると
パンフレットを開いた瞬間、
”あっ、この人知っている”と
私もいつもお世話になっている講師の一人を指さす。

しばらく会ってはいないが、昔から付き合いの長い間柄らしい。

びっくりした。



世界は広いようで
狭い。

繋がっていないようで繋がっている。


その本には、ありのままの言葉が並んでいた。
私の見た事はないけれど、感じ取りたい世界を文字にのせて
表してあった。


思いは出したらきっと良いと思ったら

言葉に乗せて

出している若者たちの声が

手元にやってきた。

そして、その中の一文には

言葉を通してのコミュニケーションが苦手だった自分は
それが出来ない事に、コミュニケーションが苦手な自分と捉えていたが

表現は様々なのだと、この現場にいて知った。

皆様々な表現をしているのだ。というような一文が書いてあった。


本当にそうだと思った。

繋がっていない様で繋がっている。

見えない様で見えている。

こういう本を読むと、なんて私は甘ったれた環境でぬくぬくと育ちやがって・・・と自分でも思う。

あまりにも自分は大変な思いをしていない。

だから今私が言っているような事で
あーだこーだと、考えたり
行動させてもらえているんだと
痛感する。

見えていないな
他の世界を見えていないな
知らないだろう

自分でだって思う

愛しかしらんのだ。
私は。

自分が安心する場所を一度経験している人は
それの判別を容易にできるが

その経験がない場合、
その判別はとても難しい。

という様な事がかいてあった。

私は、知らぬのだ。
安心する感覚を知らぬ感覚を知らぬのだ。



でもだからこそ、
だからこそ
安心する感覚を感じる瞬間を
知っているのであれば

だからこそ
私が存在する意味だってあるのではなかろうか
なんで
安心する場所を知れる状況に
育ててもらえてきたのか

それは
そうであることで
できる事だってあると思いたい

反対に
そうでなかったからこそ
できる事があるように

どちらの方がよかった悪かったで
ないと思いたい。

それは私の人生で授かった何かであれば
ちゃんとそれは活用して
お返ししたいのだ。

とにかく
親に
まじ感謝・・・・・(笑)

それに尽きると
痛感


久しぶりに両親とご飯を食べた。

お互いを褒めあいながら

ご飯をたべた。

それは

とても有難い事なのである。


ただ、

それを

分かりつづけて

いることも

ひとつの

できる事のようなきもしている。

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