よしのり日記 本物の百姓の話

思い

大家さんのおじいちゃんには本当にお世話になっている。

今日も家の前をながーーーーーーーい竹を担いで通りかかって
何してんだぁ~と声をかけてくれた。



そこから昔のお話をしてくれた。

昔の米作りの話をしてくれる。

私は百姓にとても、憧れと尊敬がある。

でも実際はその生活をしてきてはいないし、
実際体験してきているからこその大変さと、苦労はもう
計り知れないものがあるし、

だから、気安くやりたいな~なんていうのも
本当失礼だなぁ~と思っちゃうけど、
それでもやっぱり、米作りも含め百の仕事をこなせるような
そんな暮らしをしてみたいなと思ってしまう。

でも、いまじゃぁ百姓なんて誰もなれっこねぇ~べと
おじいちゃんは言う。

あんな大変なこと、誰もやんねーし
おめぇらなんかにゃできねっぺよ。と

米作りに関しては
機械もなきゃできねぇ~し、今どきゃ手でやるなんて
そんなんやるもんじゃね~という。


最初はどれだけ機械が早くて簡単で、重要かって話をしてくれてたんだけど、

でもだんだんと話は遡っていき
本当にすべて手でやっていた時の話になっていく。

そうすると、大変だったよ~~と言いながらも
段々と段々と笑顔になっていき
あんときゃもう楽しくてしょうがなかったなぁ~に変わってくる。

もう朝が来るのが待ちきれなくて、暗いうちに田んぼの脇にいって
むしろに包まって横になって明るくなったらもう速攻作業をしたと。
もう待ちきれなくてしょうがなかったそう。

中学を卒業してからそのまま、百姓の道を進んでいかざる終えなかったおじいちゃんは、
本当に沢山のことをやってきたのだと思う。
外が明るいうちは、農作業に汗を流し、夜はむしろや縄をなって副業をし、
そのお金で弟さんを学校に出させたという。

稲を乾かすときには、その中に渋柿を突っ込んどいて、熟したときに稲に手を入れて
その柿を取ってたべたんだよ。と
それがまぁ~上手くてな~~と。


大変だったよとみんなもちろんいう時代だと思う。
それでも手でやってたときどうだった?と聞くと
大変だっぺよ。でも楽しかったかなぁと

それはそんな簡単に、きっと気安く言える言葉じゃないと思う。
大変も楽しいも、全部経験したからこそ出てきた言葉だと思う。


時代もすすみ、やはり機械を導入して、やるようになった。
そこから、”おおの病がやってきたんだよ”と言っていた。
おおの病? なんの病気?えっなにそれどしたの?
って意味がわからず聞いてみると。

笑いながらおおちゃくの病だよ。
おおちゃくになったんだよといっていた。

そこから、なんだかもうい~かね~百姓はな~と
思うようになったよと。

米を詰めていくのも、機械だと本当に人間が間に合わないくらい
早いそう。

たぶん意識なくぽそっといったんだとおもう。

でも
なんか私には、おじいちゃんの話から当時の雰囲気をほんの少し
垣間見させて頂いたような気がした。

昔がよい、今がよい、昔が不便、今が便利。
機械がどうこう~とかそんな話ではなく。

なんだろ。わかんないけど、とても私にはとても
心にくるお話でした。

おじいちゃんのいうとおり、時代はきっと、どんどん変わっていき、
’米農家’=百姓という形式だとあまりにも大変なこともあるのかもしれない。
時代と共に変わらざる終えない流れとかもあるかもしれない。

それでもやはり、自分達が食べるもんは自分の身体を一生懸命使って
ありがたみを肌で、空気で、足で、手で感じながら
日々暮らせる方法が今後広がっていってもいんじゃないかと思うし、

今の私たちにとっては、生きるということの上で重要な答え探しには
必要な営みなんじゃないかと思う。

米農家としてやっていきたい!!とそういう事ではないが、
百姓としてやってきた日々の自然との向き合い方や素材の使い方や活用の方法、知恵は
本当にすごいと思う。
やはり米と関っていくそういう生き方、今の暮らしの方法と共に織り成す方法が
あってもいんじゃないかなぁ~なんて思ってしまうし、やってみたいと思う。

ちなみにおばあちゃんとの出会いはお見合い。

初めて会って公園でイカを食べていたら、おばあちゃんの目の前に犬が寄ってきて
おばあちゃんを見つめたそう。
そうすると、おばあちゃんは躊躇なくすぐに
’あんた、お腹へってるんかい’と自分はイカを食べずに全部犬にあげたそう。

それを見て、おじいちゃんはそんな自分が食べずに犬にあげちゃう人がいるんかい!と
びっくりして、そのひとつの優しい行動をみて、
この人をもらおう。とその時にきめたそう。

まだまだ、沢山話をしてくれた。

もう一本の映画を見たような、なんとも言えない気持ちになった。

こんな素晴らしい方々が、
育んできた場所や知恵などなど・・・・・もうあまりにも大きくて
そんな方々の背中はとても素敵で、
なんとも素敵な笑顔をもっていって。

だからせっかくなら少しばかり・・・・
生意気ではあるが、皆さんが見てきた時代の味わいを
ほんの少しでもいいから、自分の身体で触れてみたいと思うのだ。

もちろん、素敵なことばかりではなかっただろうし、
味わいたくなかった事だって沢山あったと思う。

だから、よい所だけを頂くというのもなんか、図々しい様な気もしてしまう。

だけど、それでもきっと残していったほうがよい事は
今後の未来の為にも沢山あるような気がするのだ。

でも、それは言葉で表せるものではなく、
過去についてどんな素晴らしい文献や知識が残っていたり研究が進んでいたとしても、
それは補佐的な要素や、導いていくための方向指示器のような感じで

すべては、この身体、この心が手を使って、匂いをかいで、
肌で寒さや暑さを味わい、笑ったり食いしばったり、そんな
体感として受け継がれることなのかもしれない。

あまりにも私は幼稚すぎて、足元にも及ばないと思う。
それでもほんの少づつでも、そんな空気や匂いをかいでみたい。触れてみたい。

だから、やっぱりどんだけ口で話したってわからないことばかり、
とにかく身体を使って動いてみようと。 そんな事を改めて思わせてもらいました。

そして、おじいちゃんも言っていたけど、沢山仕事はした。
でも本当に沢山の人に協力してもらいながらやってきたと。

今日一日の私たちの一日を振り返っても
本当に沢山の人に関り、毎日毎日ぶつぶつ交換がなされ、それをきっかけに
お話に花が咲き、ちょっと歩けばまた違う方に会い、
さっき頂いたものがまた、交換にめぐり。。。。
また話に花が咲き・・・・・・
そして歩いてまた、違う人にあい・・・・
という人と物の循環を感じた。


ただ生きているというより、
本当に生かさせて頂いているなと感じるのだ。

たった一日だけど、それでも一つの旅の様である。

また長南愛をここでも出してしまうが、そんな本来人間としてあるべき
人との関り方が、皆さんの当たり前として染み付いているような気がして
やはりすごいなと思う。

ここは昔、汽車が通るのも断ったし、道が広がることも断ったそう。
発展が良しとされ始めた時代にそれを断る。
その理由が田んぼをつぶされたくないから。

だから、他の町々が発展を遂げ、人も増えたが
ここは周囲と比べ発展することがなかったのだ。

だからここは長南ばかっていうんだよ。っておじいちゃんが教えてくれたけど、

その時代に、本能的に大事なものを見極め、
そちらを選んだことは、私は本当に尊く、素晴らしいことなんじゃないかと
心から思う。

また語りだすと止まらなくなってしまうが、
そんな沢山の愛の溢れているここで、やはり少しづつ学ばさせて頂きたいと思っております。


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