太鼓の鼓は
喜びの様子が漢字の成り立ちとしてあるらしい。
喜びの様子とはどんな様子なのか。
かつて、情報手段として使われていた太鼓の”音”
時を経てみえない存在、たぶん自然とのコミュニケーションツールとして変化をとげ
祈りの際に使われるようになった。
そして、その空間には必ず人々がおり、そこには食べ物があった。
さらに時は経ち、
太鼓を鳴らし、踊り、共に食べる様が喜びの様子として、漢字の形としても残された。
言葉で色んな事を説明しなくても
”その”空気感にふれたら
ただそれだけでいいようなきがする。
正直なんでもいいのだ。
太鼓でなくてもいいのだけど
だけど、なにか自分でも気づかないレベルで
魂の何かにツンツンとするものがうまれる時間が作りたい。
という事で
日々支えてくれている家族、
その周りの方々のご協力ありまくりの中
すごく不確かな状態でとりあえずやってみよう!でやった内々の祭り。
とにかくやってみないと
そとにだしてみないと
何が心にあるかなんて
わからないから
こういう事でいいんだ!と改めて思えた時間でした。
そして、やってみたら
思い描いていた時間の数百倍素晴らしい時間がそこには
ありました。
まさか、まさにその太鼓の鼓の様子のように
あんな風に皆で自然と踊りあえるとは思わなかった。
よく形のないものに向けて
いいじゃん!いいじゃん!と
動く仲間たちは本当すごいなと思う。(笑)
ありがとう!
ここからまた、何かあせることなく
楽しみながら出したらいんだと
思います。
来てくれた
皆さんありがとう!
地域のみなさんありがとう!
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